国際的ベッドサイドティーチング 神津内科クリニック 神津 仁
「How do you do, you must be Mark, right?」
「Yes, nice to meet you Dr. Kozu.」
朝九時に来るように話しておいたイギリス人のマーク君が、クリニックのソファーに座っていた姿勢を崩してすぐに立ち上がり、私に人懐っこい笑顔で握手を求めてきた。
実は一昨年から、世田谷区若手医師の会(平成6年11月に世田谷区で作られた49歳以下の医師達の会)のメンバーである奥沢病院の松村院長が、ホームページを通じて医学部の学生を受け入れるボランティアを始めたのだ。彼自身がニュージーランドで小児外科の医療スタッフ(ウェリントン病院外科、シニアレジストラー)として働いていた経験から、国際社会に恩返しをしたいという考えがあってのことである。ホームステイを病院の近くに住む弁護士夫婦にお願いし、我々の仲間が何日かの外来実習を引き受けた。マーク君は柔道が得意で、日本の講道館で練習がしたいという望みがあったため、英国大使館を通じて日本への留学を希望したという。彼はマンチェスター大学医学部の5年生であり、GP(general practitioner)コースをとっていた。英国では5年生が最高学年で、最終試験を受けると医師になる。その前に日本でいうポリクリを受けるのだが、イギリスの医学部教育では、世界中どこの国で受けても良いし、それを正規の単位として認めてくれるという。さすがは大英帝国。同じ島国でも、日本のように「指定」病院でなけば受けさせないというような、変な島国根性がないのが良い。松村先生は昭和大学出身なので、母校が大分バックアップをしてくれて、授業を聞いたり、院内のベッドサイドティーチングを受けたりすることが可能なように取り計らってくれた。しかし、特にマーク君が興味を持ったのは(欧米のシステムとほぼ同じ入院設備のある病院ではなく)、我々日本のクリニック(無床診療所)が持つ類まれな高い機能性についてだったようだ。
実習中に胸痛の患者が来たので、診察室の隣にあるレントゲン室ですぐに胸部単純レントゲンを撮る事にした。大学病院なら、患者に照射録を渡し、地下のレントゲン室まで行ってもらい、撮影をしたフィルムを持って帰って来る、といった余計な時間がかかる。最近では、デジタル撮影ですぐに診察室のコンピューターで見られることになっているかもしれないが、レントゲン室への移動は10秒というわけにはいかないだろう。しかし、クリニックでは診察室からレントゲン室までの移動は、まさに10秒なのだ。その後すぐに、一緒に現像室に入って彼にそのフィルムを現像してもらったのだが、ちょっと立ち話をしている間に3分とかからないで結果が出てきてびっくりしていた。イギリスのGPはレントゲンもエコーもない「振り分け外来」の機能しかないから、日本のクリニックの機能に驚くのも当然だ。しかも、大学病院で神経内科を専門としていたスペシャリストが、第一線の一次医療、地域医療をこなし、さらにその専門性を生かした診療が継続して行なわれている。どうもイギリスの医療よりもずっと良いようだ、と実感してくれたようで、彼の最終レポートを見るとそれがよく分かった。一部を抜粋して見てみよう。
「I found the clinics to be better equipped than English general practitioner’s surgeries that I have seen. In particular, both Japanese clinics had X-ray equipment installed, so patients who required an X-ray received one and the result was available within five minutes. This is an improvement on the English system where a general practitioner hands a patient a card to take to the radiology department of a hospital, the patient has their x-ray and the result is available to the doctor in perhaps a week.」
「On the subject of equipment I noticed that both clinics were equipped to serve the speciality of the doctor. For example, the first doctor I visited was a neurologist. His treatment room was equipped with an electroencephalography and traction table as well as the more conventional equipment. So although these doctors are generalist in as much as they will see any patient who walks into their clinic, they also continue to function as specialist.」(日本語訳:「日本で経験したクリニックは、私が今までイギリスで見たGPのクリニックよりずっと設備が良い。特に、神津内科クリニックも島津メディカルクリニックもレントゲン装置が装備されていて、患者が診断結果を聞くまで5分とかからないですむ。イギリスでは、患者に照射録を渡して放射線科のある病院に行かせ、持って来させるのだが、結果は一週間後、というのが当たり前になっている。日本のシステムの方が、イギリスより進歩している。」「医療機器に関していえば、二つのクリニックとも医師の専門性に合わせて装備していることに注目したい。私が訪問した医師は神経内科医であるが、治療室には脳波計があり、牽引装置もあって、患者に便利なように設えてある。かれらは一般総合医としてクリニックに来た患者を診察するが、必要があれば同時に専門医としてその患者を続けて診療することになる。」)
私はいろいろなところで、1990年代の日本の開業医による地域医療システムは、専門性と一般性をほどよく備えた、欧米諸国に負けない優れたものだといつも話している。昨年はカナダのブリティッシュコロンビア大学からピーター君という医学部二年生(物理のカレッジを卒業)が研修に来て、同じように我々の医療の高いクオリティと、医学教育と医療に対する熱心さに感激してレポートを残している。
「The Kozu Medical Clinic, owned and operated by Dr. Hitoshi Kozu, features an organizational system similar in nature to that of Yoga Urban Clinic, and design that once again focuses both on patient comfort and medical functionality. Despite overseeing a very active general practice, Dr. Kozu also sets aside time to visit a number of homecare patients who are under his medical supervision, and I was fortunate enough to accompany him on several home visits during my time at the clinic. Given Dr. Kozu’s primary training as a neurologist, a good number of patients seen during clinic hours presenting with neurological symptoms of varying complexity and severity; as such, my participation in these sessions served as a wonderful primer in the art of diagnosing neurological abnormalities. In fact, Dr. Kozu and I would often set aside time after a particular interesting case to discuss the methodology behind his diagnosis and treatment of the patient.」(日本語訳:「神津内科クリニックは用賀アーバンクリニックと同じく、患者に対してやさしく、同時に優れた医療サービスを提供するために機能的なシステム作りを追及している。非常にアクティブに一般外来診療をしながら、神津先生は多くの在宅患者の訪問診療も行っていて、幸いに私も彼に付いて何人かの患者を訪問する機会を得た。神経内科医としての神津先生は、外来時間内に神経症状の出方も重症度も異なるかなり多くの患者を一緒に見せてくれた。この場で、神経学的異常を診断するのに必要な芸術的なコツを教えてもらえたことは、学生の自分にとって素晴らしい臨床体験となった。実際、神津先生と私は、特に興味深い患者を見た後にはしばしば時間をとって、先生の診断や治療を決定した背後にある理論的な裏づけに付いて話し合った。」)
このレポートを読むと、多少面映いが、日本の神経内科医が在宅医療を含んだ地域医療に、いかに貢献しているかを知ってもらえたようであるし、多分カナダの大学や日本の大学の臨床研修よりも良いものを、我々がピーター君に提供していたと分かる。最近、医学教育の改革が叫ばれている中、国家試験対策や病院勤務医としてのスキルに特定して研修がされていることに危惧を感ずる。なんといっても、実地医療に基づく豊富な経験のない医師が教えているのだから、どんなレベルの研修になるかは大体想像がつく。
たくさんの「井の中の蛙」を作るより、地域社会の中でもっと役に立つ医者を養成する教育方法を、そろそろ真剣に考えてみてはどうだろうか。