講演会の内容についての説明


「禁煙指導」

  • 第一回の講演ということで、エドワード・藤本先生にお願いした。先生は、ハワイ出身の日系三世で、大学ではエンジニアリングを学んだが、その後アメリカ海軍から大学(ROMA LINDA大学)の研究畑(公衆衛生)へと戻られ、主に健康教育と予防医学の研究をしてこられた。特に、behavior modificaion(行動修正)による患者教育、健康増進に長く係わっておられた。
    【要旨】1.tobacco smokingは、習慣である。それも、悪い習慣である、という立場に立つ。2.禁煙指導をする際に、患者さんを前にしたDr.は、「四つのA」を基本として指導すると良い。すなわち、Ask:タバコを吸っていますか?と尋ね、Advice:タバコを止めたほうが健康に良いですよ、と進言する。そして、Assist:私がその手助けをしましょう、と力づけ、Appointmet:次に来院するのはいついつですね、と次のカウンセリングに繋ぐ、といったプロセスをとることによって、患者さんを導いていくことが必要である。3.また、一度でやめられなかったことを失敗ととらえてはいけない。それは成功するまでのある過程(プロセス)であって、再度リサイクルさせて治療に取り込むことが大切である。

    「冠動脈の話し」

  • 日本における冠動脈・心疾患の病理を確立したお一人でもある桜井先生に、専門分野を分かりやすくお話しいただいた。また、日本大学医学部の学生教育部長でもある先生に、医学部教育の現状についてコメントしていただいた。
    【要旨】1.病理医は臨床とは関係ないと思われがちだが、臨床診断をfeed backするために重要な仕事をしている。日本では少ないが、アメリカでは日本の10倍の病院病理専門医がいる。もっとポピュラーにならないといけない、と主張された。2.川崎病の病理を中心に、冠動脈の動脈硬化は小児期から始まっていること、またアテロームの発生原因についての先生のお考えを伺った。

    「お役所における滅私奉公と調和」

  • 以前より講演をお願いしてあったところ、厚生省からの解任通知騒動の中に巻き込まれてしまい、開催が危ぶまれた。しかし、多くの出席者による暖かい支援があることを知り、宮本先生も気を取り直して出席され、無事に講演会が行われた。コーネル医科大学、ニューヨーク医科大学の精神分析学助教授であった先生の、集団心理研究としての厚生省官僚機構の病態を話していただいた。この講演の要旨は、ニューヨークのマジソンスクェアーガーデンで各国の記者や外交官を前に先生が行ったのと同様のものである。
    【要旨】1.滅私奉公、すなわち自傷行為(これを繰り返すのは、倒錯の世界である)が尊ばれる世界である。2.あきらめる、文句を言わない、という人間を作り上げる教育をするところ。3.画一化するまで、役所の中では「同化のいじめ」「排除のいじめ」がおこなわれている。役所では、いじめは正当な行為と見なされている(詳しくは、著書を読んでいただきたい)。4.調和という平等の幻想を押し付け、独立心を抑制する方向へ向かわせており、「想像性」「個性」をだめにしている。世界中で、才能のある者を大事にしない唯一の国ではと思わせるほど。こうしたことでは、国際化などは無理な話しであり、国際競争性が失われてしまう。

    「サーモグラフィーによる腰部痛の知見」

  • 東大医用電子研究所で、渥美先生の片腕としてサーモグラフィーの臨床応用についての研究、開発をされ、その開発の経緯、秘話などを含めてお話しいただけた。
    【要旨】1.元来、ジェットエンジンの排気熱を計測する機器として開発されたものだった。2.疼痛部位の温度変化を知るということにいち早く応用したのは、整形外科医の視点であった。3.左右の温度差は「0.4℃以内」であり、この機械で表示される1.0℃以上の差があれば、何らかの左右差が証明でき、これを利用するとかなり詳細な皮膚温の変化を知ることができる。4.この原則は男女差、肥満度、年齢差に関係がない。5.しかし、このサーモグラフィー上の変化は、すぐに病理学的な変化を意味するものではなく、何らかの原因によって引き起こされた体表温度維持機構の異常を示す生理機能画像のひとつであることを銘記するべきである。6.この検査による冷温域の出現は、根障害を推定させ、これはmyotomeに一致するようだ。しかし、その発現機序については不明な点も多い。

    「肥満の病態と診断、VLCDの臨床的有用性」

  • 神奈川県横浜市で、糖尿病と肥満専門に治療を行っている施設を開設していらっしゃる、平尾先生に、肥満治療の現状とそのコツについて御教授いただいた。
    【要旨】1.VLCDはvery low calorie dietの略であり、一日400Kcal程度に抑えた食事メニューで急激に体重減少を計る方法である。この場合入院治療が必要になるが、もう少し緩やかなLCD(=low calorie diet)が外来でも可能である。2.肥満には、皮下脂肪型と内臓脂肪型があり、皮下脂肪は取りにくい。3.肥満度を計る方法がいくつかあるが、BMIよりはW/H比を、臨床的に用いたほうが実際的であろう。

    「胸腔鏡下肺手術」

  • 大貫先生の気管支鏡は苦しくない。何故かというと、苦しむ前に抜いてしまうからである。「そうすれば、また覗かしてくれるでしょ?」どうしても浅学者(ヤブ)は、見えないところを見ようとしてついつい長い時間を掛けて患者を苦しめてしまう。これが先生のポリシーであり、呼吸器外科医としていかに良医かが窺い知れる。
    【要旨】1.胸腔鏡下手術は、腹腔鏡と違い視野が狭いので、ある程度適応が狭められる。2.そのメリットは、手術侵襲の少ないことと、入院日数の短縮であるが、今のところ開胸手術に移行することが多く、十分メリットがあるとは言えない。3.大貫式の手術道具を考案した。

    「日本の海外援助と医療援助の実態について」

  • 星氏は、ODA(Official Development Assistance)のプロジェクトマネージャーとして、世界各国の水資源の調査と、淡水化設備の提供を行うための計画実行担当代表者として働いている方です。日本人は、美味しい水が飲めることを当然思っていますが、世界中でこんな国はないのだそうです。また、海外援助といえば聞こえは良いが、実際には対象国の国情や文化面を無視した援助が行われており、税金の無駄遣いがまかり通っている、というとんでもない実情をお話し下さった。
    【要旨】1.地球には、14億キロトンの水が存在し、45億年前に出来た水の量と変わりない。2.大体85%が海水で、15%が真水と称されるものだが、その半分は南極と北極にあり、大地にある水分量は極少ない。3.海水は35000ppmの塩分濃度。美味しい味噌汁が6000〜7000ppm。中央アジアの地下にはレンズウォーターといって岩盤の間に溜まっている水があるが、この水の塩分濃度は海水より濃い場合がある。この水を飲んでいる人達は、必ず高血圧になるだろう。4.ある村で、日本の援助により小規模の発電設備が設置され、脱穀製粉の機械が動かされるようになった。しかし、それまでの臼でトントンやるのと違っていっぺんに大量の粉が出来るようになった結果、食べ過ぎになり、畑が足りなくなり、灌漑用水も不足するようになってしまって、細々ながら安定していた村人の生活が破壊されてしまった。こうしたことを、きちんと予測して、実情にあった援助をするのでなければ本当の援助とは言えないだろう。5.これはまた、官僚機構の天下り先と化している国の出先機関の典型的な問題(首都高速道路公団の場合にも見られる)であり、国の予算配分の是否(適正化)にも関係する大きな疑問点でもある。

    「外来診療における、心臓病の診断と治療(特に不整脈について)‐専門施設に紹介するか、自分で治療するかの分かれ目‐」

  • 「不整脈が抑えられたかどうかを問題にするいわゆる『不整脈専門治療医』と称する医師達に不信があります」との澤田先生の冒頭からのお話しに、出席者全員聞き耳を立てることとなった。やはり、臨床医として日常診療をしている先生は、高度専門施設にいても、大学病院の研究医師とはさすがに違う、と思わせる発言がポンポン飛び出しました。また、最近のトピックでもあるBurgada syndromeについてもお話しいただきました。
    【要旨】1.不整脈診療では、心エコー検査が第一選択である。心電図検査だけでは限られた情報しか手に入っていないと考えたほうがよく、心エコー、運動負荷などその他の情報が不可欠である。2.拡張型心筋症では、坑不整脈剤により心機能が悪化するので注意する。3.Lown分類などの不整脈の分類があるが、これで致死性不整脈を予測することは出来ない。4.ACE阻害剤で心機能を改善させると不整脈が良くなるケースも多い。5.交感神経の緊張の状態もおおいに関係がある。6.庭に生えているジギタリスの葉を食べてジギタリス中毒になったケースを診たことがある。globe foxというハーブなので、注意が必要。6.風邪のウィルスによる心筋炎などが原因で不整脈を生じる場合、さっと良くなってしまう場合があり、治療を要さないことも多い。7.坑不整脈剤による誘不整脈作用も問題になる。

    「医療システムと在宅医療、プライマリーケアとは」

  • 東京都日野市で小松医院を開業し、院長でいらっしゃる先生ですが、自らの理念に基づいた地域医療の実践を裏付けに、大きな社会システムとしての保健・医療を追及して止まない姿勢は、年齢を超えた若い発想を感じさせます。その経験から、我々大学出身者には意味不明であった、プライマリーケアというものについて、分かりやすく説明いただきました。
    【要旨】1.プライマリーケアとは、保健・福祉を含めて、地域に住む人々の健康を確保し、その生存条件をより良くする地域における総合的機能と理解してよい。これを押し進めて行くためには、行政(地域の)、医師会、臨床開業医、パラメディカルスタッフ、病院、住民自身などが連携してsystemicに展開して行く必要がある。2.accessibility近接性、comprehensiveness包括性、coordination連携、continuity継続性、accountability責任などがその条件である。3.現在の日本では開業医の年齢が高く、平均年齢が60歳を超えていることから、プライマリーケアの主体となりうる医師の実際の数は少ない。これは、70歳台の次に一つの山を形成すべき55歳以降の医師たちが、安保闘争や医学部紛争などで活力を失い、インポテンツに陥ってしまったことによる。今後は、30歳から40歳台の若い医師が頭角を現わしてこなければ、プライマリーケアは貧困なものになってしまうだろう。是非期待している。

    「たばこの効用について」

  • たばこの害については、マスコミを通じて耳にタコが出来るほど聞かされている。しかし、物事には必ず表と裏があり、我々臨床医はその人生の機微の波間にあって患者を診療しているのである。こうしたことから、ヒステリカルにたばこを見るのではなく、もっと科学的にその総体を把握するような情報を手に入れようと考えたのがこの企画である。幸い、日本たばこ産業科学情報部の協力が得られ、「たばこの文化史」を大河情報部長に、「たばこの効用について」片山先生から、貴重な臨床データーに基づいた、最新の知見を拝聴いたしました。
    【要旨】1.たばこ産業株式会社の社員の90%が喫煙者だが、その退職OBの死因統計は、日本人の一般的母集団の統計と同様だった。2.現役職員の疾病統計は、中性脂肪がやや高い値であった他は、やはり同様であった。3.たばこのブレンダーは、一日に200本を吸って、休み時間には自分の好きなたばこを吸っているが、特別病気になってはいない。4.たばこと肺癌、特に間接喫煙の疫学統計については、統計処理に用いた生データーの原著者による公表が行われていないので、追試が今のところ不可能な状況である。5.たばこには精神毒性(異常行動など)は全くなく、覚醒剤と比較されるべきものではない。6.脳内のニコチンレセプターを介して、たばこは一部の痴呆を改善する。しかし、その薬用量の幅は狭く、臨床応用を考えるには時期尚早であろう。7.私(片山先生)はweekend smokerとして、葉巻を換気扇の下で吸っている。

    「肝臓癌の超音波診断」

  • 平成8年度は、一年のうち半分を我々会員の中から演者になって勉強会を開こうということにした。第一回は、石綿先生にお願いした。先生は、日本大学医学部付属駿河台病院の超音波室室長として、豊富な臨床経験をお持ちです。若い医師の教育にも携わってこられたので、分かりやすく、しかも臨床的な「右脳の冴え」を閃かせる話をしていただけました。
    【要旨】1.肝硬変の時の超音波診断は難しい。2.自分の臨床的なカンが、「あやしい」と言ったら、誰が何といおうと必ず経過を追うこと。超音波検査は非侵襲的であり、何回でも繰り返し施行することができる非常に便利な検査である。3.B型肝炎の若い患者は、思わぬうちに肝癌になっていることがあるので、十分注意して定期的に検査をすること。4.最近のカラードップラーを用いると、血流の方向が分かり、癌の栄養血管を知ることにより良性疾患との鑑別が容易になった。5.アルコール注入療法が肝細胞癌では有効である。multipleなものでも最近は積極的に実施するようである。

    「高齢者の外科治療」

  • 少し前までは、「高齢だから・・・」と手術的治療を避けた時代があったが、最近ではその患者のQOLを考えて、状況に応じては積極的に手術治療を考える方向に向かいつつある。外科治療、特に長尾先生の専門分野である、消化器外科に関する現況を伺った。
    【要旨】1.胃・食道・大腸・肝臓などの外科に関して、高齢者とは大体70才から75才をこえるものを言い、80才から85才以上を超高齢者と位置付けている。2.超高齢者では、例え良性疾患でも加令による臓器障害が基礎にあるため、合併症を起こしやすい。しかし、高齢者に関しては、それ以下の年齢と殆ど差がない。3.高齢者では、採血やX-P、エコー検査などを行っていても、手術直前まで診断がはっきりしない例が少なからず見られた。これは、炎症所見の程度が軽く、自覚的および他覚的症状がはっきりしない場合が多いことによる。4.高齢者では、緊急手術となる例がそれ以前の年齢に比べて有意に高かった。5.しかし、これらの特徴はあるものの、手術の対象としての「患者」として見る場合、一つ一つの症例をその患者の生き様やADLやQOLを考えて、年齢という枠を乗り越えて「What is the best way to do for this patient?(今、この患者さんに何をしてあげられるか?)」を第一に考え、外科医としてなし得る最良の術式を選択するべきであろう。


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