はじめに
突然のように、平成4年に訪問看護事業が行政主導で始まり、続いて平成6年には在宅総合診療が開始されました。われわれを含めて、この展開に戸惑い、一部では拒否反応が生じたことは御承知のとうりです。しかしながら、「在宅医療」は高度高齢化社会が選択すべき、医療行政上の大きな流れであり、出来る限り前向きに対処して行かなければなりません。
ここでは、私なりに把握した現状の理解と、今後の「展望」について述べてみたいと思います。
1.往診と在宅医療の違い
従来行われていた「往診(医師個人の働きで出来る範囲の)」が、病院医療への橋渡し的な急性期救急医療の一端であったのと反対に、「在宅医療」は、居宅を中心として患者さんを全面的に引き受けて展開する、実質的な高度包括医療体制のことと理解出来ます。すなわち、患者を取り巻く多くの医療スタッフの協力の元に行われる「在宅チーム医療」であり、その意味では、近年まで日本には存在しなかった新しい包括的な医療技術と言えるのではないでしょうか。
表1は、従来の往診と在宅医療を比較したものです。「往診」が、患者の求めに応じて、随時、短期に行うもので、急性期が過ぎれば、あるいは患者が病院に入れば終わるものであるのに対し、「在宅医療」は、患者のみならず、病院から「入院医療」が終了した時点で依頼されるものとなっており、医師の訪問は、医療計画に基づいて、定期的に行われ、多くのスタッフが関わるチーム医療が基本となります。必要があれば、透析器や人工呼吸器、歯科診療や中心静脈栄養などの高度な医療が受けられるものとなっています。
また、在宅医療で扱う疾患の範囲は広く、慢性疾患を長く管理するための、幅広い知識と経験が必要となります(表2)。
しかしながら、当初考えられた「在宅医療」の導入が、病院医療の破綻と機能疲労によって生じた「長期入院患者」を外に出すことを目的とした、政策的な側面を強く持ったために、受け皿として積極的に在宅を目指す開業医師の数は少なく、きちんとした体制が整わないまま、今でも手探りの状態が続いていると言えるでしょう。
2.在宅医療を推進する上での問題点
ここでは、その問題点をいくつか整理してみたいと思います。
まず第一に、圧倒的な情報不足であります。「在宅医療」でどんなことが可能かは、行政機関のパンフレットにも書かれていますが、それを手にする機会は地域住民には殆どありませんし、自分の身に降りかからなければ、実感として感じられないのも当然です。また、医師のサイドでは、今迄の、病院で完結する医療の中でしか働いていない勤務医、特に若い医師にこうした情報不足が目立ちます。また、開業医の側でも、在宅医療が従来の「往診」と異なる医療技術であることを、まだしっかりと認識してはいません。勿論、看護婦、その他の医療スタッフにも同様のことが言えます。
また、教育の問題もあります。臨床医学の教育は基本的には病院内における入院医療についてしか教えておりませんし、このことは医師以外の専門領域についても同様です。
また、よく指摘されることですが、開業医師は独立独歩で、同業の専門的な開業医師や看護チーム、あるいは、企業の専門家などと共に手を組んで行うチーム医療に慣れていないことが挙げられます。また、医療、福祉、保健の各セクション間の連携が非常に悪く、一箇所の窓口で利用者のニーズを簡単には処理できないという、縦割行政の悪影響があります。また。コミュニケーション不足、すなわち、診療所、病院、介護施設、訓練施設間、看護ステーション、公的医療機関、企業による医療サービスなどとの間の連携情報の不足も深刻です。
我々の目的は、「患者が在宅で療養するために、どのような最善の支援が出来るか」ということであることを、もう一度確認することが是非必要です。
3.在宅医療における今後の展望(進歩にとっての必要条件)
個々の問題や、実際の事例については、今後この研究会で取り上げられますが、ここでは、今後の在宅医療の進歩についての必要条件を挙げてみました(表3)。
まず、1)全ての在宅医療情報が、一箇所に集められ、利用者がいつでもこれを利用できるon lineの情報センターの設置が必要です。2)現在分散している窓口を一本化し、全てのサービスがset up可能なように、専門的能力を持った、医療マネージャーをきちんと養成する必要があります。また、3)医師は、在宅医療のチームリーダーとして、チームを構成する方法や、行政のバックアップを得て、患者のために社会的資源を活用する方法を学び取る必要があります。また、4)現在の医療レベルを維持し、新しい技術に習熟するために、医師、看護婦、その他の医療関係者の技術を向上させるための施設や方法を確立する必要があります。5)病院医療しか教えてこなかった医学教育を見直し、在宅医療教育を早急に始めていかなければならないと考えます。そして、6)その為には、こうした分野についての社会医学的な研究を、学際的に進めていく必要があります。また、7)介護用品や在宅での患者管理あるいは監視システムの開発に多くの努力をし、その発展に寄与している在宅関連企業と、より良い協力関係を積み重ねていくことも必要と考えています。
結語
在宅医療を支えるのは、各々の医療関係者の地道な努力によるものであります。しかし、その環境は現在必ずしも整っているとは言えません。そうした意味で、在宅医療を推進していく人々が、多くの苦難を強いられることのないように、是非とも関係各部門に働きかけていかなければなりません。この研究会を通じて、われわれが少しでもそれに貢献出来れば幸いです。